「弓」


 矢は、右へ外れた。 風に流される分を見込んだが、ふと風が止んだのだ。

 その前に放った矢は、的の手前で地に刺さっていた。

 先ほどから新三郎の放つ矢は、的に当たったためしが無い。

 使い慣れた場所であるのに、十五間先の地面すれすれに置かれた的が、いつもより遠くなったように見えはじめ

ていた。

 昨年、十三歳で元服した際用意した弓は、彼の背丈が伸びた為十分な引きが取れなくなっていた。そこで今朝か

ら二寸長いものに換えたのだが、今ひとつ加減が呑み込めていなかった。

 新しい弓は思ったよりも弦の返りが早かった。

「当たりませぬなあ」と上の妹が不満げに言うと、「あたりませぬなあ」と下の妹が、回らぬ口でまねをした。上の千

世は六歳。下の登代は四歳になったばかりである。

 いつもは苦も無く的を射当てる兄を誇らしく思っている妹達は、今日の不手際に、しびれを切らし始めたらしい。

二人は、普段は屋敷奥の中庭に突き出た母屋の縁で、お人形や飯事遊びをしているのだった。それが、兄が弓の

稽古を始めると時々見に来ては、母親の元へ得意になって報告に戻るのである。
 

(PDF版)121KBAnyWare+:ダウンロード



戻る